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聚山坊禅散策02

21世紀は『こころ』の時代だといわれて久しい、物による人の幸せから、内面の幸せといわれてきました。しかし人間社会が今のようにモノにあふれる前から、もともと他を思いやり、自然や万物のめぐみに感謝してこころ豊かに生きていたのです。感謝のこころが薄れてきた現代にこころの時代とは、今一度その感謝の気持ちをうしなわずに、内面の幸せを取り戻すことなのでしょう。 昔よりお寺にはいろんな人たちが訪れて、茶話をしながら安らぎや道に迷ったときの道標のひらめきを戴いたりする場でした。住職をはじめ当山にご縁のある方々のいろんなお話を茶のみ話のように戴きます。普段の暮らしの中でのお茶を戴くような気持でお読みください。

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相承

平成二十七年は大本山総持寺二祖峨山韶碩禅師(がさんじょうせきぜんじ)の六百五十回大遠忌になります。相承とは、仏様の教えを師から弟子へと絶えることなく受け継ぎ伝えてゆくことです。瑩山禅師より仏様の教えを受け継いだ峨山禅師は二十五哲と呼ばれ弟子をはじめ多くの門弟を育成し、その門弟たちがそのお教えを全国に広めて、今の曹洞宗一万五千の寺院からなる宗門の基礎を築かれました。それこそ相承となり、仏様のお教えが今の私たちに受け継がれているのです。その功績に感謝して峨山禅師の六百五十回大遠忌を迎えたいと思います。
当山得聚山長福寺も本年平成二十七年は曹洞宗になってから三百八十年となります。五月三十一日に開創五百年、曹洞宗改宗三百八十年の記念法要を先代長福寺二十六世重興明峰正春大和尚三回忌法要と併せて執り行います。
近頃TVを見ているとき、あるコメンテターが、現在の家族の在り方が変わってきたと言っていました。確かに現代社会において仕事やいろいろな生活環境の変化から、核家族が増え、昔のような大家族がなくなり、三世代四世代で同居しているという家族は減ってきているのも事実です。でも、親がいなければこの世に生を受けることもなく、誰かと一緒にならなければ子を成すこともできません。住む環境が変化しているだけで、家族の在り方には何の変化もないのです。今の現代人は私を含めて何か事を成したとき、たとえば希望する学校に合格したとか、仕事でうまくいった時とかです。あたかも自分の力ですべてを成し遂げたように考えがちです。確かに本人の努力は必然ですが、周りの人たちのいろんな支えがあってこそです、ましてや、自分でこの世に生を受けようと思って生まれた者など誰一人としていないのにです。人は生きていくうえでいろんな人に助けられ、またこの世界の自然の恵みとでも言いますか、万物の支えもかりて生きているのです。万物すべてに感謝して生活しろとは言いませんが、どんなに家族の生活環境が変わろうとも、自分を支えてくれた人や、この世に生を受けるご縁を戴いた親やその親にあたる祖先に感謝の気持ちは忘れずにしなければいけません。今年の当山の記念法要もここに至るまでの長福寺の歴代住持と檀信徒の皆様その祖先の方々のご縁に感謝して記念法要を厳修したいと思います。

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平成二十六年新春

平成に年号が変わったとき、天皇様の健康を考えると大正より短いのではと思ったものです。今のお姿を見るともう少しご健勝で大丈夫かと思います。平成に入ってから災害が続き、各地で被害が相次いでいます。当山も中越地震で被害を受けて、今まだ墓地の修復中ではありますが、檀信徒皆様のご協力により、伽藍の復興再建を致しました。当山は来年曹洞宗に改宗して三百八十年となります。地震で延期となりなした開創五百年の法要と併せて厳修致します。
平成二十五年三月四日先代長福寺二十六世明峰正春大和尚が御遷化されました。本葬の際には多くの方々のご参列ありがとう御座いました。また長年に渡り檀信徒の皆様からのご厚情に感謝申し上げます。
平成二十年の晋山式で新命住職に掛けられた問答に住職の務め、役目とは何かという問いかけがありました。
その時、新命の私の答えは宝鏡三昧の中から「潜行密用は愚のごとく魯のごとし。ただよく相続するを主中の主と名づく。」の経一文を唱え、住職の勤めや寺院の行事などは、いつも変わらず只、法を守ること。それらは機もすると愚に見えたり魯に見えるかもしれませんが、只只ひたすらに法を守り、寺院を伽藍を護持し、檀信徒先祖の供養をし、そしてその法を後に伝えてゆく事。それが主中の主すなわち、主体性の中の主体であり、もっとも大事なことである。それ以外に意味を成さないということなのだと、それこそが住職の勤め役目であるという答えだったと思います。「佛法ありて、人集まり、人集まるが故に、伽藍あり、伽藍ありて住持あり。」という事です。仏様のお教えこそがまずはもっとも大事であり、それを守り伝えてこその寺院なのです。そして「法、檀信徒、伽藍」はどれが欠けてもいけません。仏様のお教えすなわち法があるから人の生死(迷い)に応えられ、そこには法を求める人の集う伽藍が不可欠なのです。そしてそれを守ってゆく者が必要なのです。
開創五百年、曹洞宗三百八十年。曹洞宗になってから私で二十七代目の住職になります。ここに至るまで、戊辰の戦いと先の太平洋戦争の空襲と二度の大戦などを経験してそのつど歴代の住職と、多くの檀信徒のご先祖様と護持してきた長福寺を、今改めてその御厚恩に応えるべく檀信徒の皆様と共に護持し守ってゆかねばならないと思う次第です。    合掌
  

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